拘束・流血元絵

男は天界に浮かぶ多くの島の一角にある城にいた。
男は右目を水色の髪が覆っている。
耳が長く、白い服の裾から覗く手は竜のものであり、彼が人型の竜人であることを物語っている。

男は手に持っている紙切れをちらりと見た。
近々この小さな島にある廃城に集った不遜の者達が、天界で一番大きい島、天界の王族が居る城に攻撃を仕掛けるらしい。
天界、そして王族の守護者(ガーディアン)であるライジェスは、その情報が正しいかを確かめるため、
そしてその攻撃を最小限にするために反乱者のいる城に潜入していた。

「……反乱は本当のようだ」
誰に言うともなく呟く。
どうせ、天界を支配しようなどという、ろくでもないことを考えているのだろう。
王族に攻撃を仕掛ける理由など、これまでも殆どそうだった。


必要な情報を調べ終え、物陰から物陰を渡って城を後にしようとする。
あまり規模は大きくない。城に戻って体制を整え、直ぐに進軍すれば簡単に終わるだろう。

潜入する為に使った窓のある部屋――倉庫に辿り着いた。
開けっ放しの扉から素早く中に入る。来た時と変わらない光景だった。少し開いた窓に近づく。

「――誰だ!」
窓に足を掛けようとしたその時、後ろから声がした。
ちらりと後ろを見ると、部屋の入り口に緑色の肌のヒトよりも竜に近い竜人が立っていた。
「……」
ライジェスは無言で窓から飛び出した。
「あ!待てッ」
竜人は剣を抜いた。声を聞いて駆け寄って来た何人かの他の竜人に何か言うとライジェスの後を追って窓から飛び出した。


「面倒な事になった……」
城の裏辺りの角で一息つきながら呟く。角から様子を窺うとかなりの人数が自分を探しているらしい。

後方の茂みからかさり、と音がした。
「居たぞ!!」
振り向くと数人の緑色の竜人がそれぞれに武器を構えて立っていた。
ライジェスは無言で右手を後ろにまわす。手が通った軌道の空間が歪み、歪んだ空間から槍が現れた。歪みが戻る寸前に槍を掴む。

ライジェスが槍を構えるか構えないかの瞬間に、一人の竜人が唸り声をあげながら剣を構えて飛び出してきた。
慌てる様子もなく槍を前に突き出す。動きとは裏腹にかなり早い槍の動きに、飛び出してきた竜人は反応することが出来なかった。
鋭い槍の切っ先は真っ直ぐに竜人の脇腹を抉った。悲鳴をあげながら倒れかけた竜人の後ろに素早く回り込み、止めの一撃を食らわす。その隙にまた別の竜人が竜人自らと同じぐらい長い剣を振りかざしていた。
振り下ろされた斬撃を横に避け、剣を握る手めがけて一撃、間を置かず腹部にもう一撃。

次々と襲ってくる緑の竜人を最小限の動きで倒していたが、流石に数が多い。
少しずつ押されてきている。三人の竜人を槍を横になぎはらって吹っ飛ばし、勢いで背後の竜人を斬り付ける。



「……完全に囲まれたな」
ライジェスは城壁に追い込まれていた。竜人達はじりじりとその輪を狭めてくる。
――一か八か……
大きく跳躍し、城壁を蹴る。槍を構えて竜人達に突っ込む。二人の竜人を同時に突き刺し、直ぐに抜いて全体をなぎはらう。
四方八方から襲い掛かる竜人を数人ずつ倒していく。

突然、後頭部に鈍い痛みが走り、一瞬目の前が白くなる。
「――ッ!」
その隙を突いて、竜人達は剣や鈍器等でライジェスに襲い掛かる。
槍を手に反撃しようとしたが、それよりも早く剣が肌を切り裂く。続けざまに斬られ、殴られる。じわりと口の中に鉄を感じる。白い服に紅が滲む。
隙を見て反撃しようとするが、体制を崩したライジェス対多数の竜人ではあまりに分が悪い。倒れるまでそう時間はかからなかった。
うつ伏せで荒い呼吸をするライジェスの周りに竜人達が集まる。一人の竜人が、剣の刃を下にして垂直に掲げる。
剣をライジェスに突き立て――




「待て」
一つの声が竜人の刃を止めた。ざわざわとやかましかった緑色の竜人達は一斉に静まり返った。
倒れているライジェスの周りを囲んでいた竜人が道をあける。
ライジェスはうつ伏せのまま、声のした方へ目を向けた。緑の竜人とは、明らかに雰囲気の違う蒼い竜人が二人。その竜人にはさまれるように、紺色の長い髪と炎のような紅い目の男が立っていた。
「ようこそ、侵入者さん」
周囲が凍るような冷たい声で言い、蒼い竜人を引き連れてライジェスにゆっくりと近寄る。
「貴っ……様………!」
ライジェスは振り絞るように言い、男を睨みつけた。
男は屈み、ライジェスの頭を掴んでぐいと上を向かせた。
「くくく……何時以来だ?」
耳元で囁く。
ライジェスはぎり、と歯ぎしりし、槍をあげようとする。男は空いている方の手で槍の刃の根元を抑えつけた。
「この期に及んで抵抗する気か?」
男は低い声で唸るように囁く。
ライジェスは槍を握る手に力を込める。槍は掴んだところから霧散した。
「はっ!それでいい!」
頭を掴んでいた手を離すと、ゆっくりと立ち上がった。
「アスダ、カイタス。こいつを下に連れていけ」
振り向きざまに二人の竜人に命令する。無言で行動に移す二人の蒼い竜人。乱暴に起こし、半ば引き摺るように連れていく。
「お前らは生きてるやつの保護と体勢の立て直しをしろ!」
緑の竜人は、命令に従うためばらばらとそれぞれのやることに向かう。
「……」
男は青い空を見上げ、口角を上げた。
「ライジェス……王族の犬になった、か……」





薄暗い部屋に濃く血の匂いが満ちている。
部屋の中央に、天井から下がった鎖で腕を縛られ、膝をついた状態のライジェスがいた。
身体は竜人達の攻撃により血で紅く染まっている。

ライジェスの正面にある扉が耳障りな音を立てて開く。さっきの男が髪をなびかせて入ってきた。
一直線に部屋の中央に向かい、ライジェスの前に立つ。うなだれていたライジェスが顔を上げ、男を睨み付ける。
「……ゼラグ」
男――ゼラグはずいと顔をライジェスに近付けた。
「フッ、名前を覚えていてくれたか……どうだ、懐かしいだろう?」
「此処を、貴様を忘れた事などない」
怒りの籠もった声で絞りだすように言う。
忘れることなどできない。
小さいころの記憶。
目の前で、こいつに、両親を殺された。
今居るのと同じような地下に閉じ込められ、弄ばれた。

ゼラグはニヤニヤしながらゆっくりとライジェスの背後に回る。
背中には竜人達によって付けられた幾つかの真新しい傷。その下にに走る無数の古傷。ゼラグはその古傷の1つに指を走らせた。
「触るな……」
「あれは何年前だったか?」
ライジェスが言うが、ゼラグは無視してまた別の傷に触れる。
いつの間に取り出したのか、右手に短剣を持っている。その短剣を浅く背中に突き立てた。僅かに呻き声が聞こえたが、それ以上の反応はなかった。
「叫べよ、あの時みたいに」
突き立てた短剣を勢いよく下に引く。鎖が音をたてる。
「俺は……昔みたいに……弱くな……」
言い終わる前にまた短剣を突き立てられ、言葉を言い切る前に呻く。
何度も身体を短剣で突かれ、斬り付けられ、新たな血で更に紅く染まっていく。殆ど無反応に近いが、先程と比べ大分息が荒くなってきている。

ゼラグがうーん、と唸った。
「やっぱりこっちの方がいいな」
短剣を持つ手を替え、空いた右手で後頭部を掴んだ。
「……ッ!まさか……!」
ライジェスの眼が恐怖で見開く。
「肉体への攻撃が駄目でも……」
「やめろ……!」
ゼラグの右手が魔力を帯び、僅かに光る。
「神経への攻撃は、どうだ?以前は子供だったから少し加減していたが……」
魔力でライジェスの神経に接続する。
「さて、どこまで耐えられるかな?」
「やめっ……っ!!」
ゼラグの魔法によって感覚を弄られ、全身に激痛が奔る。神経に直接与えられた苦痛。
耐え切れずに悲鳴を上げる。わずか数秒のことだったが、ライジェスには永遠にも感じられた。
「はぁっ、……ぐ……貴様ッ……!」
激しく心臓が脈打ち、全身から汗が噴き出す。痛みに喘ぎ、激しい呼吸を繰り返す。意思とは関係なく起こる震えによって鎖が耳障りな音をたてる。
「くくく……昔と同じ、いい反応だ……!」
頭から手を離し、さっきと同じように身体に短剣を突きたてる。
さっきはほぼ無反応だったが、感覚を弄られた上での肉体への痛みに苦痛の声を発する。痛みから逃れようともがくが、かえって鎖が腕に食い込んで拘束をきつくするだけだった。
狂気的な笑みを浮かべ、一度離した右手で再度頭を掴む。
「過去のお前は直ぐに気絶したな……現在のお前は何回耐えられるかな?」
「っとに趣味悪ぃ……」

幾度も暗い部屋に叫びが響いた。




「うわ……派手にやられてるな」

数時間後、ゼラグは手下の様子を見るために一旦部屋を出た。
ライジェスは肉体的にも精神的にも疲労と痛みが限界まで蓄積していた。両腕を鎖で吊るされ、うなだれた姿は呼吸のかすかな動きさえなかったら死んでいるかのようだ。
「死んでは無いな?大丈夫……な訳ないか」
扉をそっと開けて入ってきた紫髪の人型竜人が呟く。
「アド、ル……?」
声を聞いたライジェスが、かすれた、今にも消えそうな声で紫髪の竜人の名を呼んだ。
「おう。救けに来たぜ。てかマジで大丈夫かライジェス」
今までに見たことのないライジェスの衰弱っぷりにアドルは動揺を隠せないようだ。
中央に駆け寄り、拘束を解こうと鎖に手をかける。鎖は腕に深く食い込み、所々皮膚が擦れ、裂けて血が滲んでいた。ゆっくりと剥がすように鎖を解いていく。傷に接した部分の鎖を取る度にライジェスは苦しげな息を漏らす。
片腕ずつ着実に解き、最後に右腕にはめてある枷から鎖を外した。鎖という支えを失い、重力に従ってがっくりと倒れかける。それをアドルがそっと抱き止める。

「ったく、お前らしくないぞ」
アドルがふと、ライジェスに染み付いた異質な魔力に気付いた。
「……アレを食らったのか!?それもちょっとどころじゃないな」
「……覚えてる、限りで、9回……あとは意識……記憶が飛んでいて、わからない……」
ライジェスは苦しげに、切れ切れに言った。
「そうか……壊れて無いのが不思議なぐらいだ。もう喋らなくていい……大丈夫だ……大丈夫……」
そう言いながらアドルは空いた左手を切り裂かれた背中にかざす。
「酷いな……ズタズタだ。俺じゃなくてディルガとかなら良かったんだが、生憎すぐに動けるのが俺しか居なくてね」
かざした手が魔力を帯びてやんわりと発光する。
「俺はこういうのは苦手だ……気休めにしかならないけど無いよりマシだと思ってくれ」
そう言って治癒魔法を発動する。

「……すまない」
先程より、大分落ち着いた声でライジェスが沈黙を破る。
「喋んなって。喋る元気があるなら多少動けるぐらいに自分で体力を回復しとけ」
アドルがそう言うと、ライジェスはもう一度すまない、と呟いた。


数分して、そろそろだな、とアドルが言った。
「数人を表に来させている。そいつらに気を引き付けてもらっているうちに裏から脱出する」
治癒魔法を終了し、一旦ライジェスから身を引く。
ライジェスは一瞬倒れかけたが、両手を地につき身体を支え、そのまま数回深呼吸する。
「動けるか?」
先程アドル自身が言っていたように治癒魔法の精度は低く、ほんの応急措置程度だ。
肩を貸して、ゆっくりと立ちあがらせた。
「おーし、立てるなら大丈夫だ。ボロボロなのに無理させてごめんな」
「……俺が弱かっただけだ、自業自得だ。あんたが謝る事じゃない」
表情を曇らせてライジェスが言った。
「お前は充分強いよ。ミスは誰にでもある。……んじゃ、出るぞ」

ライジェスを支えつつ歩き、部屋の外に出る。
部屋の外はすぐ階段になっていた。
その階段をゆっくりと一段ずつ上っていく。
ライジェスはかなりつらそうに、半ばアドルに引っ張り上げられるように上る。
上の方まで来て、アドルが天井を押して天井の扉を開けた。入ってきた光に目を細めながら地下から出る。遠くから金属音がかすかに聞こえた。
「あいつらうまくやってくれているみたいだ。行けるか?」
アドルがライジェスに声をかける。ライジェスはかなり息が上がっている。
「……大丈夫だ。行ける」
ライジェスがそういうと、二人はまた歩き出した。


一歩歩くごとにぽたぽたと血が落ち、血の道になる。
城壁沿いに進み、ライジェスやアドルが侵入してきた城壁が少し崩れた所から出る。
城の外にある小さな森を抜け、この島の端まで行く。
「これでとりあえずは安心だな」
アドルがふうっ、と一息ついた。
「…もうちょっとがんばってくれ」

「……なんでアレを、知ってたんだ?」
ライジェスがぽつりと言った。
「ん?ああ……俺も一回だけ、似たようなもんを受けたことあるんだ」
苦笑しながらライジェスの問いに答える。
「深くは聞かないでおいてくれ。あんまり言いたくないんだ」
そう言って右手に魔力を込め、空中に円を描く。円の中心に手を当てる。そこから魔力が広がり、半透明の魔力のプレートを作りだした。
「うーん、まあまあだな」
プレートを地面と水平にしながら言う。
「あんまり長くは持たないからな。さっさと行くぞ」
ライジェスを支え直し、プレートに乗る。プレート上でしゃがみ、左腕でライジェスを支え、右手でプレートに触れる。
「しっかり俺につかまっててくれ……飛ばすぞ」
ヒュ、と小さな音を立ててプレートが二人を乗せて動き出した。


しばらくして突然、アドルの肩にかかっていた感覚が重くなる。
「おい、大丈夫か、しっかりしろ!!」
ライジェスの意識が薄れていく。今までかなり無理をしていたのだろう。
アドルはライジェスをしっかり抱え直し、プレートの飛行速度を限界まで上げる。
「ちょっと無理させすぎたか……くそっ、あと少し持ってくれよ……!」
わずかにアドルの声を聞きつつライジェスの意識は深く沈んでいった。







遠くから声が聞こえる。
ゆっくり目を開けると白い天井と窓から差し込むそれよりも白い光。
ライジェスは身体を起こそうとするが、全身が軋むような痛みに襲われたために断念し、目線だけを動かして部屋を眺める。
部屋全面が白く、窓はベッドと接している壁にのみある。ベッドとその脇のテーブル以外に見える範囲には家具は無いらしい。
雰囲気から城の医療区画の部屋のどこかだろう、と判断した。
特にすることもなく(あっても出来ないが)、ぼんやりと天井を見ていると足側にあった扉が小さな音を立てて開いた。
ゆっくりと開いた扉からアドルの顔がのぞく。
「……お、起きてたか」
ライジェスが目を覚ましていることに気がついて言う。外に居た誰かに二言、三言何かを告げてから部屋に入り、テーブルの下にあった椅子を引き出して座った。
「調子はどうだー?つってもその様子じゃ動くのもままならないって感じか」

「俺が気を失ってからどれぐらい経った?」
暫く間を置いてからライジェスが口を開いた。
「五日。あの状態でよく五日で目ェ覚めたもんだ」
「あの城は?」
「お前が寝てる間に片付いたが……」
そこで一旦言葉を切り、声のトーンを落として続ける。
「でも頭には逃げられてしまった」
「……そうか」
因縁の相手が生きているという言葉を聞くと、ライジェスの目付きが変わった。

「お前、なんかすぐにでも追っかけて行きそうだから念押ししとくけど、んなバカなことするなよ?」
「バカはお前だ。俺がそんなこの城を放り出して追いかけていくような男に見えるか?」
ライジェスはわざとらしいため息をつきながら答える。
「俺バカだったわ。んな男にゃ見えねえわ、姫にゾッコンだもんな」
「惚れこんでるのは皆一緒だろうが。んじゃなきゃこの仕事してねえよ」
「違ぇねえわ!」
アドルは爆笑しながら立ち上がり、ひらひらと手を振る。
「んじゃ俺はそろそろ戻るわ。医療班呼んどいたからすぐ来ると思うぜ、お大事になー」
「おう、ありがとよ」
ニヤニヤしたまま出て行ったアドルの言葉通り、入れ違いで医師が入ってきた。








王家の城を囲む森に、鳥のさえずりに混じって空を切る音が木霊する。
――痛みから意識を逸らせ。
森のある一角、少し開けた場所で無心で槍を振るう。槍は修練用のもので、刃は潰されている。
羽織っただけの上着から覗く上半身は隙間なく包帯で覆われていて、痛々しい。
――集中しろ。
架空の敵をなぎ払い、一歩踏み込んで鋭く突きだす。左足を軸にして半回転しながら叩っ斬る。
ふと、背後から視線を感じた。槍を振るう手を止め、視線の方に向き直す。
「見つかってしまいましたか、姫」
一本の樹の後ろに姫――ルミナが佇んでいた。木漏れ日を受けた金色の髪が光る。
ルミナが一歩踏み出すと、ライジェスは即座に跪いた。
「ふふ……顔を上げてください、正式な場ではないのですから。少し、話でもしましょうか」
張り出した樹の根に座って手招きした。ライジェスはルミナから横に一歩離れた所で、槍の石突きを地面に刺して立った。
「座らないのですか?」
「私はこのままで大丈夫です」
ルミナはライジェスの横顔をじっと見つめる。
「心配したのですよ?貴方の血まみれの槍が城に転送されて来た時……」
ゼラグに脅されたときに霧散させた槍は、召喚を解除した訳ではなく城に転送されていた。
「申し訳ありません……私の力が及ばないばかりに」
「責めている訳じゃないんです。本当に、無事でよかった」
一旦口をつぐむ。二人の間に沈黙が流れる。

「……まだ、絶対安静と言われていて許可が出ていないのに病室を抜けだしたんですって?」
少し間があってから、先ほどよりも幾らか軽い口調でルミナが言う。
「じっとしているのは性に合いませんから。動かなければ鈍ってしまいますし」
今度はライジェスもルミナの方に目を向けた。
ルミナはおもむろに立ちあがり、ライジェスの額に手を伸ばす。
「……すごい熱です。本当はつらいのでしょう?」
額に巻かれた包帯越しでも感じた、常人であれば既に意識が飛んでいるであろう熱量に少し驚きながら問う。
「違う……とは言えませんね」
事実、座ることを拒んだのも、何かに身を預けてしまったら意識を失いそうだったから。立っていることで意識を繋ぎ止めていた。
「それでも私は立ち止まっている訳にはいかない。この国を、姫を、護るために。少しでも強くなりたい」
ルミナを見つめる青い瞳はとても真直ぐで、その目は意志の固さを表している。
ライジェスを困ったように見つめ返していたルミナがため息をついた。
「仕方がありませんね……それではわたしからの命令です。先生の話をちゃんと聞いて、安静にしていてください!」
「姫……?」
命令、というルミナの言葉に一瞬うろたえる。
「めい、れい、です!身体をちゃんと治すことも、守護者としての勤めですよ?」
そう言いながら、びしりと指を突きつけられる。今度はライジェスがため息をついた。
「命令であれば仕方がないですね。姫もこっそり抜け出してきたんでしょう。一緒に戻りますか」
「うむ!それでよろしい!」
にっこりと笑うルミナに釣られてライジェスの表情も幾らか穏やかなものになる。

二人は城に向かって歩き出した。




2014年12月7日公開