第二研究棟の地下にある広い実験場。2人の人ならざる者――改造人間が戦っていた。
 薄藍の髪に紫がかった黒い肌、耳の上から角が生えた男が威冴那で、金の髪に赤い肌、額から角が生えた女が緋沙夜だ。
 蹴りを回避し、拳を打ち込む。それをいなして引き込み、膝を腹部へめり込ませる。息が止まるがそのまま脚を掴み、力任せにぶん投げる――。
 息つく暇もない技の応酬。単純なパワーでは威冴那が、技術では緋沙夜が勝っているようだった。
「タイムリミットだ。威冴那くん、変身解いていいよ」
 スピーカー越しでわずかにノイズの乗った研究者の声が聞こえた。威冴那と緋沙夜は組み手を中断し、互いに数歩下がる。
 ふう、と息を吐いた威冴那の髪の色がより濃い青色へと変化する。同時に肌の色も人外めいた色からアジア人らしい色に変わり、尻から生えていた長い尾も消えていく。変身を解いた姿は、角と尖った耳以外は一般的な人間と同じように見える。
 威冴那は変身中から身体に襲いかかっていた、能力の副作用である高熱と疲労、痛みに立っていることもままならず、床に崩れ落ちる。蹲って全身から汗を噴き出しながら荒い呼吸を繰り返す。
「うーん、暴走も起きないし気絶もしないし、この調整は比較的安定してるみたいだね」
 先ほどスピーカー越しに声をかけた研究者――猜和 藍がモニターを見ながらつぶやいた。今までに何度も繰り返された、変身できる時間を延ばし、副作用を軽くする為の実験。周りでは他の研究者がメモを取ったり議論したりしている。
 蹲っている威冴那を近くで眺めていた緋沙夜が、威冴那のわずかな変化に気づいた。
「どうした、吐き気か? 今日はどうせ水分しか摂ってないんだろ、吐いちまえ」
 緋沙夜はそう言うと威冴那の隣にしゃがみ込んで背中をさすってやる。変身能力の副作用に嘔吐が追加されることはよくあることだった。
 威冴那は短くうめいたと思うと大量の紅い液体を吐き出した。1度では収まらず、何度も苦しげに嘔吐えずく。瞬く間に周囲が真紅に染まり、むせ返るような濃い鉄の匂いが空間に広がる。
 緋沙夜は2階のモニター室に向かって声を張り上げた。
「おい藍いィィ!! 血ィ吐いてるぞ!!!」
「そんなに大声出さなくても聞こえてるし見えてるよ。緋沙夜くん、悪いけど隣の部屋の溶液槽に威冴那くん放り込んどいて」
 震えながら血を吐き続ける威冴那を血溜まりから抱え上げ、緋沙夜は実験場を出て行く。
「変身中の経過は良好だが副作用が重篤……と。なかなかうまくは行かないもんだね」
 猜和はため息をついてモニターの前から立ち上がると、威冴那の再調整を行う為にモニター室を後にした。




2019年9月27日公開